七十五踏み目 平野神社
| 平野神社
●所在地 |
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筑前勤王の志士
鳥飼八幡宮のならびに、真新しいこぢんまりとした平野神社がある。
摂社や末社といった境内社ではなく、独立したお社だ。
ご祭神は、平野国臣公。
前回紹介した中野正剛さん。文官で唯一A級戦犯として処刑された、また福岡県出身の唯一の総理大臣の広田弘毅さん。この三人は銅像つながりで、広田像はNHK福岡放送局向かいにあり、三者ともまぁ近くにある。
福岡市に歴史上の人物をかたどった銅像はさほど多くない。が、いずれもあまり巷では語られない人物たちである。ボクを含めて、正直いってよく分からない、という人がほとんどだろう。
鹿児島における西郷さん、佐賀の七賢人などなど、歴史上の人物をスターにして、観光や物産振興に力を貸していただこう! という腹づもりは、全国津々浦々で見受けられる。だが福岡・博多では、正剛さんも、広田さんも、平野さんも銅像にまでなっているのに、そういった意味で話題になったことは、ボクが知る限りない。

平野国臣さんの銅像は西公園にのぼる坂道の中ほどにあり、光雲神社でご紹介した通り、戦時中に供出され、戦後復活した。その当時は、平野国臣公を次世代、そのまた次の世代に語り継ぎたい、という強烈な意思が地元にはあった。
創建は昭和二十七年(1952)で、「語り継ぎたい!」という強烈な意思が、平野国臣公を神さまに祀り上げた。
大小2つの鳥居の奥に、小さな拝殿がある。拝殿に向かって右側にはマンションがあり、ちょっとキュウクツそうに鎮座されている。ある意味、拝殿以上に目立つのは「平野国臣君追慕碑」という石碑とその向こうにひっそりある「平野国臣誕生之地」という2つの石碑。
石碑に刻まれた人物の名前は、幕末のニッポンでは尊王攘夷派の志士として、広く知られていた。
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