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なぜ神社はこんなにたくさんあるんだろう?

1 4月 2009 3 Comments

神社の起源と発展について

amemitaku 神社という施設・装置が誕生したのは、神道の歴史からすると、比較的新しいことらしい。

 一般的に、仏教が伝来して、豪華なお寺が築かれるようになってから、社殿や鳥居といった今日おなじみの装置が考案された、という。
 それまでは、巨岩や巨木、山(神奈備)、お日様や星、海や川という畏敬できる自然そのものを崇拝し、そのうちに、磐座(いわくら)や神籬(ひもろぎ)といった石や木でこしらえた露天の施設で、祭祀を行っていた。

 それらの中には、いわゆるパワースポットや聖地と呼ばれるところも含まれているのだと思う。
 聖地とかパワースポットについては、そのうち何か書くかもしれないけれど、基本メンドーなので各自調査を。
 ひとまずは「たくさんの人が清らかな気分を禁じ得ない、邪でない共感を覚える場所」というのが本サイトの定義だ。

 同じように神さまが降臨する場所だと考えられてきた「聖地」と「神社」。
 聖地は元々そうだった場所であるのに対し、神社は—聖地から発展した神社も多いが—共感しやすいアイコンとして、あるいは共感を増幅させる装置として、人が建立したものなのだ。
 「神さまが降臨しそうな岩だな」と見立てた(感じた)ところが磐座で、「こういう建物があったら神さまがいるように見立てるだろう」と考えられたのが神社だ、と言い替えてもいいかもしれない。

 聖地と神社で、どちらが清らかなのか? というような比較は意味がないのは、お分かりだろう。共感できるかどうかは、訪れた人のアンテナのチューニングによるだろう。もちろん、どの周波数に合っているか? ということにも、良いも悪いもない。
 また、パワースポットや神さまの存在も否定していないことも、ことわっておきたい。少なくとも、ボクはそういったことたちを、ボクなりに信じている。

 話は脱線してしまったが、神社がこんなに多い理由は、人が建立したからだ、という当たり前すぎることを、再確認したかったのだ。


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3 Comments »

  • 高宮在住です said:

    福岡市南区の高宮に住んでます。
    このHPでもレポートされてますが「高宮八幡宮」の近くです。
    小さな神社ですが、神社に覆いかぶさるようにたつ樹木を見上げると、歴史があることを感じます。ちょっとだけ此処がどこかということを忘れて、清々しい気持ちになれます。
    心静かに気分展開したくなった週末のご近所スポットです。

    神社の数がコンビニより多いってすごいですね!
    リニューアルして、HPがとても見やすくなりましたね。これからも、ためになるレポート楽しみにしています!

  • 高野 龍也 (author) said:

    高宮在住ですさま。
    コメントありがとうございます。
    反応があって、ホッとしています。

    ボクはへんな話、神社に行ると、何か見つけなきゃって、気ぜわしくなります。
    2回目以降はリラックスできるんですけど。

    ためになる…。なるべくそうなるように、がんばりまする。
    今後とも、ご愛顧のほどよろしくお願いします。

  • free porn said:

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