なぜ神社はこんなにたくさんあるんだろう?
神社の起源と発展について
神社という施設・装置が誕生したのは、神道の歴史からすると、比較的新しいことらしい。
一般的に、仏教が伝来して、豪華なお寺が築かれるようになってから、社殿や鳥居といった今日おなじみの装置が考案された、という。
それまでは、巨岩や巨木、山(神奈備)、お日様や星、海や川という畏敬できる自然そのものを崇拝し、そのうちに、磐座(いわくら)や神籬(ひもろぎ)といった石や木でこしらえた露天の施設で、祭祀を行っていた。
それらの中には、いわゆるパワースポットや聖地と呼ばれるところも含まれているのだと思う。
聖地とかパワースポットについては、そのうち何か書くかもしれないけれど、基本メンドーなので各自調査を。
ひとまずは「たくさんの人が清らかな気分を禁じ得ない、邪でない共感を覚える場所」というのが本サイトの定義だ。
同じように神さまが降臨する場所だと考えられてきた「聖地」と「神社」。
聖地は元々そうだった場所であるのに対し、神社は—聖地から発展した神社も多いが—共感しやすいアイコンとして、あるいは共感を増幅させる装置として、人が建立したものなのだ。
「神さまが降臨しそうな岩だな」と見立てた(感じた)ところが磐座で、「こういう建物があったら神さまがいるように見立てるだろう」と考えられたのが神社だ、と言い替えてもいいかもしれない。
聖地と神社で、どちらが清らかなのか? というような比較は意味がないのは、お分かりだろう。共感できるかどうかは、訪れた人のアンテナのチューニングによるだろう。もちろん、どの周波数に合っているか? ということにも、良いも悪いもない。
また、パワースポットや神さまの存在も否定していないことも、ことわっておきたい。少なくとも、ボクはそういったことたちを、ボクなりに信じている。
話は脱線してしまったが、神社がこんなに多い理由は、人が建立したからだ、という当たり前すぎることを、再確認したかったのだ。










福岡市南区の高宮に住んでます。
このHPでもレポートされてますが「高宮八幡宮」の近くです。
小さな神社ですが、神社に覆いかぶさるようにたつ樹木を見上げると、歴史があることを感じます。ちょっとだけ此処がどこかということを忘れて、清々しい気持ちになれます。
心静かに気分展開したくなった週末のご近所スポットです。
神社の数がコンビニより多いってすごいですね!
リニューアルして、HPがとても見やすくなりましたね。これからも、ためになるレポート楽しみにしています!
高宮在住ですさま。
コメントありがとうございます。
反応があって、ホッとしています。
ボクはへんな話、神社に行ると、何か見つけなきゃって、気ぜわしくなります。
2回目以降はリラックスできるんですけど。
ためになる…。なるべくそうなるように、がんばりまする。
今後とも、ご愛顧のほどよろしくお願いします。
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