七十七踏み目 黒島天主堂
| 黒島天主堂
●所在地 |
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九十九島最大の黒島
お百度ットコムに、教会が初登場。
長崎では「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」を、ユネスコの世界遺産に登録しようという運動がなかなか活発で、現在「暫定リスト」に登録されている。
このリストは各国が独自に提出するもので、世界遺産に登録されるかどうかは結果待ち、というところ。
長崎のリストに掲載されいているのは、長崎市から離島、長崎県外まで含めた広域エリアで、それぞれ教会の造りや成り立ちに個性があって面白い。
黒島教会は、佐世保市からフェリーで50分。風光明媚な九十九島の中で最大の島という黒島にあるが、周囲はたった12km、島民は700人。
航跡が島影を縫うようにして、黒島へ到着するが、この海が防壁となったのか、現在も島民の80%がカトリックという信仰の島である。
船着き場付近には、寺と神社があってちょっとビックリしたが、島の人によると「島にはもともと、仏教徒の方が住んでいましたから」とのこと。
黒島にキリシタンがやってきたのは1800年ごろのことだという。長崎市外海地区から、迫害を逃れてやってきた。彼らは、人目を避けるように船着き場から離れた村外れを開墾して定住した。表向きは寺院の檀家となって、踏み絵を踏んで信仰を守り続けてきた。実際、寺にはマリア像を隠して拝んでいたというから、お寺は隠れみのでもあった。
その当時の島の空気は分からないけれど、禁教のキリシタンを見て見ぬフリをするくらいの、やさしさは島にあったのだろうと解釈したい。

神道は、仏教や道教や列島の民族祭祀を習合して体系化されたものだといわれているが、ボクはキリスト教も多少の影響があったと思う。唐の時代には、景教(ネストリウス派キリスト教)の寺院があったが、シルクロードのどん詰まりである列島に、入ってきていないとも限らない。
トンデモ学説ではなく、きちんと研究している方もいて興味深いが、割愛っ。非常に早い時期に日本にキリスト教が入っていたとしたら…。習合していたはずだと思うんだけど。
正式なキリスト教の伝来は、1549年とされているが、当時の人々にとって、デウスの教えは耳に馴染んだものだったのかもしれない。
日本でキリスト教が解禁される1872年に、ポアリエ神父が初来島し、秘跡を行いカトリックの信仰が復活。現在はその地に「信仰復活之地」の石碑が建立されている。
黒島の教会堂は、当初は木造だったが、仏人マルマン神父の指導で島民総出で1902年に現在のレンガ造りの教会堂が完成。長崎市の大浦天主堂(国宝)はとても有名だが、黒島天主堂は国の重要文化財に指定された。
全国でレンガ造りの教会堂は17(ウィキペディア)しかないそうで、とても貴重な建造物だという。
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