Home » お百度ットコム, 九州外

八十五踏み目 鷲原八幡宮

18 4月 2009 3 Comments

八幡神は土地の守り神

wasihara06  八幡宮は別名「土地の守り神」ともいう。全国で稲荷神社の次に多い系統の神社で、お百度ットコムでもたびたび登場した八幡さまは、出自も性格も複雑な神さまだとご紹介させていただいた。

 鷲原八幡宮では、誉田別尊・息長足姫尊・玉依姫命と主祭神を表記しているが、誉田別尊は応神天皇のこと。2人の女神さまも八幡宮のご由緒にはたびたび登場した。
 八幡宮は鎮護国家の神さまとして、皇室に尊崇を集めるが、それが転じて地元の土地を守る土地の神さまとして各地で崇められることになったのだろう。

 このお社には、伊佐那美命・国常立命・素盞嗚命・天於受女神水波女命・事大主命・佐陀比古神・大国主命・迦具土命・宇迦能魂命・小彦名命・大山祇命・菅原道真公・蛭子神・新田義興公・吉見頼行公と豪華ラインナップで合祀されている。  
 吉見頼行は元寇の警備のために、加賀から岩見へ下向したとされ、戦国時代には最終的に毛利家に従属。関ヶ原後、毛利家に伴い長州へと移った後に、坂崎・亀井が領主となる。
 江戸時代は、津和野藩を守護する三大社の最高位とされ、篤く尊崇された。ほかの二社は弥栄神社、津和野神社。現在、鷲原八幡宮は津和野神社に管理されていて、神官が常駐する神社ではなくなっている。

中世末期の赤い彗星

 社殿で目につくのは、なんといっても建物の色。赤い。
 朱色ではなく、シャア・アズナブルが搭乗するモビルスーツに彩色された“赤い彗星”色のようだ。
 塗料の感じからして、褪色してこの色になったのではないようだ。

wasihara07 wasihara08

 この社殿は、永禄11(1568)年造営後、正徳元(1711)年に大修理が行われた。そのときに、藩内筆頭社になった。
 楼門から拝殿、本殿が一体化したような造りになっていて、この社殿造は、室町時代の覇者大内氏が山口市に造営した今八幡宮などと似ているようで、案内看板には、中世末期の地方的特色を残した様式である、というようなことが書いてあった。

 楼門は入母屋式の茅葺き。中には、バタ臭めにニカッと笑う少将像が安置されている。
 楼門から太鼓橋で拝殿に向かうが、現在は拝殿に入ることはできない。参拝は橋の手前ですます。
 拝殿は基本的にはガランドウで、本殿に渡るきざはしには幕がはりめぐらされ、きざはしの段差を利用して祭壇がしつらえてあった。

wasihara09 wasihara10

 拝殿は杮葺きで、本殿は杮葺きのあさ瓦葺き。しかし、本殿は覆屋に囲まれていて、全容は見えない。ところどころはがれている本殿の塗料が“赤い彗星”色で、この色をもとに赤を再生したのだろうな。


pages>> 1 2 3

3 Comments »

ご意見ご感想を、お願いします。

下記のフォームからコメントをいただくか、 トラックバック を皆さまのサイトからお願いします。またコメントは RSSからも記入できます。

スパムとかいたずらはご遠慮いただきますようお願いします。.

このタグならコメントに使えます
<a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>

このサイトではGravatarを使えます。Gravatarを取得したいならばこちらをクリックください→Gravatar.