八十六踏み目 神門神社
| 神門神社
●所在地 |
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山霧につつまれた百済の里
標高1000mを超える山道。繁茂する木々の光合成と呼吸で、山里の空気はしっとりとしている。
神門(みかど)神社のある南郷地区(旧南郷村)に入ったとたん、しっとりが視覚化して「あれ? 霧?」と思ったほど。
南郷地区は、言葉は悪いが奇天烈なところだと思っていた。
百済の古都扶余にあった宮殿を模した「百済の館」があったり、「西の正倉院」をおっ建てたり。失礼は承知で、こんな山奥に百済も正倉院もないだろう(ふんッ)と感じていた。
知識がなかったボクは、南郷村にはオモシレー人がいるんだな、程度の認識しかなかった。
今回、実際に訪れてみて(ふんッ)とやっちゃったのはボクの認識不足だと分かった。
やっぱり少々こじつけではあるけれど、百済の里だったり正倉院が浮かんでくる細い歴史の縦糸がこの地区では、千年以上も前からずっと紡がれていた(と地元では信じられてきた)。
その中心が「百済の館」「西の正倉院」に隣接する(というか敷地内に両施設ができたんだろうが)神門神社なのだ。
一般的に神社参拝の前に、いろいろ下調べをしていくと、神社のたたずまいにいろいろな意図や意味が見えてくるが、神門神社では両施設を眺めると、下調べが完了する。
それから実際に参拝してみると、神門神社のコクが出てきた。
正倉院そのまんま
西の正倉院。奈良東大寺の正倉院と寸分違わぬ同じ大きさで、「校倉造り」という建築様式も完コピ。
宮内庁にある「門外不出」といわれた正倉院の図面そのまま造った。総工費約16億5000万円。のべ1万人の宮大工が5年の歳月をかけて完成させたというから、すごい話である。
いや天平の世では国家的な大事業であった正倉院造営も、平成の世になれば一地方の山村で造営できるのだ。いやはや豊かですよ、現代ニッポンは。
宮崎だけに“そのまんま”の正倉院を再現(こういう言い回しはあと数年で意味不明になる)し、千年以上の風雪に耐える倉庫の中には何が詰まっているんだろう?
西の正倉院の中は、資料館になっていて神門神社で保管されていた宝物や祭具が展示されている。滅多なことでは入れない、正倉院の内側の壁に触れることもできるから、正倉院マニア(多分いると思う)の人もぜひ訪ねてみてほしい。
宝物の中で特に目立つのは、銅鏡三十三面だろう。神社にこれほど多くの鏡が残されているのは珍しい、という。
中でも「唐花六花鏡」という鏡は、正倉院とここ南郷でしか見つかっていない貴重なものだ。正倉院のものは、東大寺の大仏殿から出土したもの。神社で大切に保管されてきた南郷のそれの方が、モノとしてのコンディションはずっといい。
そう、南郷村と正倉院を結びつける歴史の縦糸は、この鏡だ。なんとも頼りない細い縁だが、当時の南郷村長らは慎重にグイグイとたぐり寄せたわけだ。
三十三面の時代的な内訳はメモを引っ張り出せば分かるけど、面倒なので各自調査で。
古墳時代から室町時代以降まであり、現存する同じ紋様の鏡の分布状況は、いろいろなことを憶測させる状況証拠となるわけで、それはここが「百済の里」と呼ばれるもう一方の糸につながっている。
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