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九十一踏み目 水鏡天満宮

2 5月 2009 2 Comments

那珂川の鎮め

suikyou07 天満宮とはご存知の通り、現在は学問の神さまとして知られている。また天神といえば火雷天神といって雷神で農業の神さまで、天神を祀っていた北野の地に、朝廷が北野天満宮を建立したのをきっかけに、天神=管公ということになった。

 水鏡天満宮は管公の容見の故事から創建となったが、ある意味、水辺の神さまだ。
 福岡城下町整備の時に、現在地へ遷座された。さきほども触れたが「福岡城の鬼門のおさえ」という意味もあるのかもしれないが、ボクはそれ以上に那珂川の水辺の守り神として、という側面の方が強いんじゃないかな、と考える。警固神社さんと同じように。
 現在は那珂川に面していないが、かつてはもっと神域は広く、那珂川に面していたようだし。

suikyou05 那珂川というのは、今でこそホークスが優勝した時に飛び込む川で、福博の街を分ける境界のように思われているが、福博の土地は那珂川が運んできた土砂が堆積してできたもの。
 博多湾には、御笠川・樋井川・室見川も注ぎ込んでいるので、那珂川だけではこのような平野には育っていないかもしれないが、“福岡は那珂川の賜物でもある”とはいえる。

 もちろん、自然に土砂が堆積しただけの土地に、手を加えて住みやすい町にしてきたのは人。そういった意味では福博の街は、人と那珂川の合作でもある。

 土地の母なる流れであり、一切を流してしまう破壊力を秘めた那珂川の鎮めには、強力な水にまつわる神さまが必要だった。だから、水鏡天満宮が現在地に遷座されたのではないだろうか。
 福岡城下町は、福岡城から見て西側の樋井川と東側の那珂川が境界だった。樋井川周辺には鳥飼八幡宮をはじめ寺社が集積している。那珂川もそうだったはずだ。

管公は川の神さま

suikyou08 那珂川は水源の福岡県福岡市早良区大字板屋付近の背振山から南東に落ち、那珂川の辺りで北へ向きを変えて博多湾に達している。
 板屋には、太宰府へ向かう途中の管公を、追っ手からかくまったという伝説と、それにちなんだ祠も残る。

 那珂川町にも管公が立ち寄ったという伝承が残る。そのほか、御笠川・樋井川・室見側にも管公伝説の地が点在し、天満宮や天神社がそこかしこにある。

 それらのポイントを記した地図を眺めていると、天神さまは、雷神→農業の神に転じて、さらに福岡では河川の神さまとして信仰されていたのではないか? と考えた次第。
 那珂川には、博多リバレインの所に鏡天満宮も鎮座し、ここにも容見の伝説が残されている。

 川は、ケガレを海に運んで、根の国に運び浄化してくれると古くから信じられていて、水辺には塞の神と同時に浄化してくれる神さまも多数配されている。
 もともとあったお社に、天神さまを勧請した。だから川辺に天神さんがたくさんおられるんだとボクは思う。
 福岡の海辺には、住吉さんや宗像さんがいて、川辺には天神さまがいる。
 
 そんな福岡はやはり、心地よいマイスウィートホームタウンだ。


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2 Comments »

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