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一〇二踏み目 阿蘇神社

3 6月 2009 36 Comments

ご神体を見た男

aso03 菊池氏と阿蘇神社については、別のページで考察するとして、阿蘇神社の「今」をご紹介する。
 拝殿と本殿は銅葺きの総檜造り。釘を一本も使わずに伝統的な工法でもって建築した。
 拝殿に登殿すると、木の香りが漂っていた。うーん、新築。

 九州の風土には地元の材木が一番、ということで九州産のヒノキを使ったそうだが、早くも柱に亀裂が入っていた。このご時世、資材を調達するのも難しい。資材以上に難しいのが資金である。阿蘇神社の場合は、浄財がうまく集まって無事に落成できたが、小さな神社の場合は、ン千万といった遷宮の資金を集めるのはとても困難だそうだ。

 お百度ットコムでは、朽ちかけた神社を眺めては「それはそれで味がある」などとのんきに感想を書いていたが、このままだと、今あるお社はどんどん朽ち果てていくか、モルタルとか樹脂製の朽ちずに、比較的安価で建築できる素材に変わっていってしまうかもしれない。
 伝統工法や宮大工の技術といったものがどんどん失われてしまう…。
 ご近所の神社を訪ねるのは、神さまにお願いを聞いていただくのではなく、地域とかコミュニティのなんやかやを維持するために、必要なんだっ(バン!)と、思った。

 拝殿からきざはしがあり、奥には本殿。神前に、弥五郎尊と唐獅子が1対配されている。弥五郎尊とは、人の災難の身代わりになってくれる神像。
 「弥五郎」どんといえば、身の丈数メートルの、南九州のお祭りによく登場する神さまを思い出す。こちらの弥五郎尊は高さ50センチほどで、左は青装束でクールな面持ち。右は赤装束に赤面で関羽のようだ。唐獅子も左右同じ配色で、口元は弥五郎尊と合わせて「阿」「吽」の形を表している。

 どちらも弘化3(1846)年に修復された記録がある。色が剥げてしまっているのは、以前の吹きさらしの拝殿に置かれていたことと、参拝者にさすられてきたことが原因なのだろう。
 専門家の方に弥五郎尊と唐獅子を見てもらったところ、一目で「唐獅子の体はクスノキ、しっぽはヒノキ」と断言されたそうで、3回くらい修復があったようで、かなり古いものらしい。

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 この扉の向こうに、ご神体が鎮座っ。ご神体は本来、神職でもまず目にすることもない、禁忌中の禁忌なものだ。御遷宮で社殿を解体するときぐらいにしか、本殿から出てこない。
 そんなご神体を、高木さんは見て、触ったというから驚くやら、うらやましいやら。

 阿蘇神社では祭祀は菊池神社(城南区)の御神職が執り行っていて、ご神体の移動も本来は宮司さんが行うはずだった。だが当日、宮司さんの体調がよろしくなく、高木さんが代行した。
 本殿が完成し、あらためてご神体を奉納、という時には神棚のような箱に安置した上で、菊池神社の宮司さんにお渡ししたというから、宮司さんは結局一瞬たりとも目にしていなかった。

 気になるご神体はというと、2つのとある物体XとX2。高木さんは「武磐龍命とそのご妃の阿蘇都比咩命ではないか」とおっしゃっていたが、そうかもしれない。
 
 ※ご神体は通常、門外不出のもので、神職の方でも拝めないものです。このお話をうかがった時、あまりにコーフンしてしまい、筆が滑ってつい、具体的にご神体のことを書いてしまいましたが、軽率に公表してしまうのはいかがなものか? と思いいたったので、ここで訂正いたします(2009年6月9日)
  


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