一〇九踏み目 宇佐神宮
神仏習合と八幡神
本殿は八幡造という独自形式で、国宝に指定されている。
国宝なんだけど、拝殿にさえぎられて良く見えない。
特徴は、2棟の建物を前後に連ねて、ひとつの社殿としているところ。ディテールは各自調査で。金色のでっかい雨樋がかわいい。
奈良の大仏が造られている時、八幡大神から御神託があり、それを携えて宇佐神宮の神官が入京した。
「大仏建立に協力するよ!」という御神託だ。
実際に、大仏を鋳造する時の材料である大量の「銅」が、宇佐から運び込まれたというから、有言実行。
このことから、仏法を守護する神さまとして、八幡大菩薩の神号を贈ったり、寺院建立の際には境内に八幡神を勧請するようになった。
神仏習合の風習は、もともと八幡大神とセットで始まったようだ。仏さまが日本においては神さまの形をとって現れたという説が一般的になり、さまざまな神さまが、いろいろな仏さまに割り当てられ、いろいろな形の神仏習合の風習が生まれた。
ちなみに、八幡大神は阿弥陀如来。天照太神は大日如来だという。
神社と同じようにお寺も多いが、お寺とセットで建立されたのなら、日本で2番目に多い分社数が多いのもナットクだ。
宇佐神宮が神仏習合の発祥地だというのは、神域にあった神宮寺・弥勒寺の成立時期が列島でも最古ではないか? と推測されるところから。
弥勒寺の僧侶たちが、修行や研究の場として開拓していったのが六郷満山の寺院で、御許山=比売大神というような、山岳信仰と仏教が結びついたのではないか、といわれている。
ボクは、近代以降の神道も、列島古来の信仰を昇華させているから、好きだ。でも、神も仏もないまぜに、なんでもかんでもありがたがる「信心」の心はもっと好きです。
宗教の違いで、いがみ合ったり、争ったりしている人が、今も多いようですが、列島ではもうそういう状況は通過しています。
初詣に出かけて、お盆に法要し、クリスマスも祝えば、神父さんに永遠の愛を誓う…。宗教的には節操がなさそうにみえる日本人ですが、これは洗練された態度だとボクは思います。
どのような神さま仏さまでも、分け隔てなくありがたがること。誰がどの神さま仏さまをを信じていようと、受け入れる。
宇佐神宮と六郷満山を巡ると、そんな鷹揚な気持ちになれる、と思う。












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