一一七踏み目 現人神社
| 現人神社
●所在地 那珂川町仲 |
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姿を現してチカラをふるう
ミリカローデンという、地方のハコモノとしては、とても充実した公共施設が那珂川町にはある。
そこから歩いて20分もかからないところに、現人神社がおわします。
当たりには田園風景が広がり、初夏はなみなみと張られた水面がまぶしく、秋には黄金の穂がたなびく。この田園は、ここんところの那珂川シリーズで幾度か登場した古代水路=裂田の溝(うなで)によって導かれたたまもの。
そもそも、裂田の溝は現人神社の神田を開墾するために造られた。全長5.6kmの水路を掘るのは、現代であっても骨な、作業だ。
それが、この神社のためだ、というなら(それが伝説でも)、現人神社がどれだけ地域の人々に尊崇されていたんだっていう証拠になる。
現人というと現人神(あらひとがみ)、つまり神さまが人の姿に顕現したことをさすように考えてしまいがちだが、元来はそういう意味ではない。
神さまは普通お隠れになって、ボクたちの暮らしっぷりを見つめてくださる。だが八百万の神さまの仲には、ココゾ!という時に、姿を現して御神威を発露してくださる神さまもおわすのだ。
姿を人前に現す、だから現人。
現人神社にお祀りされているのは住吉三神・底筒男命(そこつつのおのみこと)、中筒男命(なかつつのおのみこと)、表筒男命(うわつつのおのみこと)。現人神社に置いては、住吉さんは、われわれに姿を見せてくださる神さまなのだ。
神社の正面に建つ堂々たる鳥居。これは明神鳥居という形式で、高さ5.15m。銘のある鳥居では那珂川町で最も古い鳥居とのこと。銘は正徳4(1714)年とあるから元禄時代のもの。このころ、那珂郡を治めていた黒田勘解由重実という人が、現人神社に神殿を寄進して、神社の復興に尽くした。
裂田の溝の伝承を受けての寄進なのか、意外や意外、この史実が伝説になったのか。
現在掲げられている神社の鳥居は、明治時代の廃仏毀釈の時に変えられたそうで、もともとの扁額には「現人大明神」と記されてあった。
大明神という神号は、姿を現す神さまという意味であるから、ホントに地元ではそう信じられていたんだなぁ。
「現人大明神」の扁額現在は保存されているらしい。
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