一一七踏み目 現人神社
マナーは大事ですね
現人神社の境内には、ご神木の樹勢も盛んで、なかなかに心地よい。
参拝したのはカラッと晴れた夕まぐれだったが、しっとりした感じ。やはり水郷の神社さんだ。
拝殿本殿も、それほど大きいわけではないが、がっしりと威厳のあるたたずまい。フムフム、よろしい雰囲気ですなぁ、と歩き回っていると、あちこちに書かれた注意書きが眼についた。
「お賽銭の盗む者が多く、恐れ入りますが、お賽銭はご本殿の箱の仲におさめてください」とか「ココで虫取りきんし」とか、「ここは祓い所です。ここでは休まぬようお願いします」とか。
なんだか厳しいなぁ、とも思ったが、神社参拝のマナーはこころせねば。神社は本当はオープンスペースで、神さまはホントにオープンマインドなはずだ。だからこそ、訪れる側の節度ってヤツが試される。
清浄な神社の雰囲気をそこなわずに、神社のたたずまいに同化できるように参拝できたら、それがカッコいいことなんだとボクは思う。
拝殿の中をのぞいてみると、注連縄がわりに(?)刈り取った稲束が額のところに掲げられてあった。
これは神殿から収穫されたものなのか? 流鏑馬の写真も飾ってあった。現人神社の秋の「おくんち」では流鏑馬が奉納される。
現人神社のあらましと、流鏑馬について。
那珂川町の公式ホームページから、引用させていただく。
わが国で最も古い神社の一つといえば、現人神社です。
ここに祀(まつ)られているのは、底筒男命(そこつつをのみこと)・中筒男命(なかつつをのみこと)・表筒男命(うわつつをのみこと)の三つの神様。神話によれば、この神様は伊邪那岐命(いざなぎのみこと)が筑紫の日向の地で禊祓(みそぎはら)いをしたときに生まれた神といわれ、航海の神、水の神として崇められてきました。
神様は、本来その姿形を人間に見せないものですが、この三神に限っては大事に際して姿を現わし、その神通力を振るうといわれています。言い伝えでは、今からおよそ1800年程前、神功(じんぐ)皇后が大陸に遠征した際にこの神様が姿を現わしたと言います。当時、玄界灘を渡るにはたいへん大きな海難を伴ったため、この神様が苦難する軍船の舳(へさき)に現われ、玄界灘の逆巻く波をしずめて皇后のお体を守りながら進路を示し、おかげで皇軍は無事凱旋できたとか。
この故事から、この神様を『現人大明神(あらひとだいみょうじん)』と呼ぶことになり、それを祀るものとして現人神社が建てられたのですが、これこそ日本で最も古い神社のひとつといわれ、摂津や福岡の住吉神社はこの現人神社から分かれたものとされています。神社恒例の例祭はもともと10月19日に行われていましたが、現在は10月の第3日曜日に統一され、古式にのっとった勇壮な流鏑馬(やぶさめ)や奉納相撲を見に集まる人々で、毎年にぎわっています。
この御由来について、博多の住吉神社の神職の方に見解を尋ねてみたが…。
そう信じていらっしゃる氏子の方の気持ちを尊重する、というようなお話だった。
本家元祖争いは、神社には似つかわしくない。住吉神社でもっとも古い、という説があるのは、筑前一ノ宮の住吉神社、壱岐の住吉神社などなどがある。
ボクはこのことは、住吉神社の神さまは古くからおわし、なおかつ古くから人気がある神さまだった証拠だと思う。
ここでいったん、那珂川町シリーズは小休止。いつか再開…、する日も来るっはず。那珂川町には神社が多くて、しかもそこかしこが、きちんとお祀りされている。近年の那珂川町の発展ぶりは、きっとそこんところに理由があるんだと思う。
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