レポート2 神社と子どもドットコム
| 神社にマッチアップする風景って何だと思いますか? 恋愛祈願にやってくる女子の姿もいい。 静かに祈願して神社と同一化するような年配の方達もすばらしい。 猫や犬がうろついているのも、眷属か? などと思って眼を見張ってしまう。 でも、やっぱり神社には子どもたちが集っているのが、見ていてホッとする。 |
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最近、縁があって、神社に地域学習しにくる子どもたちの姿を見る機会をいただいた。
一社は、福岡市城南区の阿蘇神社。
もう一社は、福岡市博多区の住吉神社。
近ごろは、学校の授業時間に地域に飛び出して、地元のことをもっと学ぼう、という楽しそうな授業がけっこう盛んなのだ。たしか総合的学習時間というんだったけか?
ボクの子どものころは、小学校から歩いて10分足らずの「竹下ベーカリー」というパン工場に見学に行くだけでも、ウハウハして喜んでいた記憶がある。
今の児童たちは、校舎から合法的に抜け出して、以前よりもずっと多くの時間を費やして“学習”できるんだから、うらやましい。
ボクにはこういった学習の効果効能なんていうことは、語るべくもないが、普段気づかない神社のあんなところやこんなところを見学した児童たちのリアクションや、素朴すぎて返答に困る質問などを聞いていると、とてもとても面白かった。
「遊び場」を見る子どもたちの眼
阿蘇神社は以前、お百度ットコムでリポートさせていただいた。
地域の方々がお祀りする、すてきなすてきな小さな神社さんである。
日ごろから子どもたちがボールや虫取り網を持って遊びにくる「遊び場」だ。
見学に訪れた児童は地元城南区の小学3年生。以前参拝させていただいた時に遊びにきていた子たちもいて、「あ、また来たと?」てな会話もあったり。
説明をするのは、たびたびお世話になっている阿蘇神社前氏子総代の高木外記さん。予想に反して、神妙な面持ちで座っている児童に向かって発した第一声は「神さまは願い事は聞いてくれませんよ!」という言葉だった。
もちろん、その後には次のような言葉もフォローされていた。
「神社には願い事がある時だけ来て、自分勝手なエゴをいう場所ではありませんよ」
「コミュニティの公共の場で、みんなでお守りしなくてはならない大切な場所なんですよ」
「願い事を叶えていただくには、日ごろきちんとしないとだめですよ」
よく聞けば、地域における神社の重要性とか、信心の本質を伝えるための言葉である。
ちょっと強烈なメッセージかも? と思ったが、子どもたちは、きちんとメッセージを受け取った雰囲気。
次に拝殿に参内して、阿蘇神社のお宝を見学する。きざはしをのぼり、拝殿に足を入れようとする瞬間、児童たちはニヤリニヤリと顔を緩ませている。
ボクも子どものころ、ご近所の神社に遊びにいって、神社に侵入したことがある。夜の小学校に忍び込むような、そんなドキドキ感。思えば、拝殿に足を踏み入れた瞬間、ボクもニヤリニヤリと顔をほころばせていたのではないか。
拝殿の調度品やしつらえには、自分の身の回りにはないものだけに、興味がわくようだ。質問が矢継ぎ早に出るというより、息をのんでみつめていた。
「拝殿の鏡がキラリと光ったら、神さまが『ようおいでくださいました』と言ってくださっているんですよ」。神さまとのコンタクトの秘密をサラリと解説したとき、ちょっと子どもたちの瞳に尊敬の光がキラリっとした(気がした)。











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