一三二踏み目 山神社(玄徳神社)
| 山神社
●所在地 福岡市博多区千代町1丁目 |
![]() |
ああ、山神神社ね
町の小さなお宮を探して迷ったとき。
ボクは最近、その地区の公民館に迷わず飛び込むようにしている。平日ならば、郷土史を研究されている、タカノタツヤが将来なりたいと切望している、カッコよろしいじっちゃんが常駐されているのだ。
場所だけでなく、日ごろの研究の成果を話してくださるので、とても面白いし助かる。ただし、結構な時間を拘束される可能性があるので、ご用心、ご用心。
千代の山神社は、千代公民館の方に教えていただいたが「山神社? あぁ、山神神社ね。あれは山神神社よ」とのこと。
実際に出かけてみると、「玄徳神社大祭 鞴祭(ふいごさい)」という大きな看板が。
一の鳥居には「現徳稲荷神社」という扁額。お稲荷さんらしく、赤い鳥居が連なっていて、赤い鳥居の扁額には「山神社」と書かれてあった。
地元の方が思い思いに呼びならわしてるお宮らしい。
大祭の鞴祭がとても気になったが、11月8日には予定があったため、見に行くことができず。
千代の山神社(山神神社、玄徳神社、現徳稲荷神社)の鞴祭に関しては、ググってみたが情報がない。webの辞書では「鞴祭り」を「鞴を用いる鍛冶(かじ)屋や鋳物師などが、陰暦一一月八日に、その守護神をまつる神事。たたらまつり。[季]冬。《沢山に―のおこし炭/李由》」(goo辞書)と記している。
現在はお稲荷さんだが、もともとは鍛冶の神さまである「金屋子神(かなやごがみ)」をお祀りしているお宮だったかもしれない。
ということは、山神社の「山」とは特定の山ではなく、金属鉱脈である「山」を示していたのかも。
ちなみに、千代という地名は明治時代にできた地名で、由来は博多湾沿岸に広がっていた「千代の松原」。帝国大学が設立されるまでは、遊郭・料亭が建ち並ぶ、ウハウハな町だったようで、そのころに稲荷神社として盛大になったのかなぁ、と妄想した。
末社摂社がいっぱい
神殿は、コンクリ造りの覆屋に囲まれているが、中は木造のもともとの建物が活かされてそう。
確認を怠った。
稲荷神社には、寄進による摂社末社が多いのが特徴的だが、ここもそう。
数えてみると「別当観徳宮」「山崎稲荷大明神」「徳山稲荷大明神」「清水稲荷大明神」の4社と、猿田彦の道祖神がお祀りしてあった。
稲荷神社では、眷属の狐さんの表情がむちゃくちゃコワいところもあるが、こちらの狐さんはやさしくほほ笑んでいるようで、とても愛嬌がある。
どうしても「お稲荷さん=コワい」という先入観が拭えない方も多いようだが、お稲荷さんは別にコワくないですよ。
お稲荷さんは、分社数が日本一多い、いわばもっとも身近な神社である。
そんなコワい神さまがそこかしこにおられたんでは、おちおち町を歩けやしない。江戸時代に大流行した、強力な福神さまとして、もっともっと親しんでいいんではないかな、と思う。
↓動画を貼っていますが、一応バーチャル参拝モードのつもりです。
今後、お百度ットコムではバーチャル動画も合わせてアップしていきますね。











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