一三九踏み目 大井天満宮
| 大井天満宮
●所在地 福岡市博多区大井2 |
![]() |
移転してきた天満宮
博多区は広いなぁ、と思う。空港があるからだ。
福岡空港は、戦争中に席田(むしろだ)飛行場として、大日本帝国陸軍が整備した。
1945(昭和20)年5月、滑走路が完成したものの、敗戦により同年10月に米軍板付基地として接収された。
福岡市内にもアメリカ領があったわけだ。
大東亜戦争中に、席田飛行場が使用されたかどうか、ボクは知らない。
現在は、都心に近い日本でも有数な利便性が高い空港として知られているが、利便性を求めて軍事施設が建設されるはずはない。かつては、のんびりとした農村地帯だったのだろう。
空港を取り巻くように神社が点在しているのは、人の暮らしがあった証拠だ。
空港ができてからも、周囲には空港予備地という空き地があちこちにあって、ボクが幼少のころは予備地のフェンスを乗り越えて、野球やサッカーをして遊んでいた記憶がある。
ところが最近、法改訂でもあったのか、自由化のためか、予備地だったところに店ができたりしていて、様子が変わって来た。
大井天満宮は、ナフコ空港店のすぐそばにおわす。
このお宮は2003(平成15)に、運輸省の移転に伴って、こちらにご遷宮されたらしく、お宮も何もかも真新しい。
ただ、神使の牛さんだけは、風雪にさらされた感じがする。こちらは以前のものを持って来られたのか。朗らかな顔をした臥牛像である。
大井集会所という施設の中にあって、この日は休館日だったか、駐車場にチェーンが張り巡らされていて、参拝していいものか、と危ぶんでしまった。
まぁ、行けば分かるさって、チェーンを乗り越えようとしたら後ろ足がひっかかって、前のめりにたたらを踏みつつのご参拝となった。
扁額には大井天満宮と刻まれているが、地禄神社も合祀されている。
拝殿から向かって左側に天満宮のご由来が、右側に地禄神社のご由来が掲げられていた。
天満宮は1917(大正6)年に、太宰府天満宮よりご分霊されたもの。どんな歴史が刻まれていたんだろうか。
銅板の文面では、想像をたくましくするしかない。
また、集会所には猿田彦大神も祀られていた。空港という立体的な巷を守っていらっしゃるんだろう。
集会所と神社というのは、理想的な合体だが、誰もいないとやっぱりさびしい。
離発着するジェットエンジンの爆音が、消えたように感じられた。











… [Trackback]
[...] Informations on that Topic: jinjatootera.com/data/4799 [...]
Trackback
Find more here
ご意見ご感想を、お願いします。
お百度ットコムmap
より大きな地図で お百度ットコム を表示
最近のコメント
関連ワード
コミュニティリンク
相互リンク
神社サイト(リンク)
ご意見・ご感想を
ココをクリック