2010/01/14

一四三踏み目 宝満宮

宝満宮

●所在地  福岡市博多区空港前4丁目
●ご祭神 玉依姫命
●ご利益 農耕のお神さま。水分(みくまり)のお神さまで潤おう

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竈門神社からご分霊

houman02 空港付近に在る神社さんには、おおむね立派な御由緒書きが残されていて、そのお宮にどんな時が流れたのかがだいたい分かるので、うれしい。

 宝満宮も同様で、詳細な記録を読んでいると、そのお宮さんが完成し、創建を祝う当時のみなさんの様子が思い浮かぶ。豊年のお祭りとか、丑の刻参りとか(これはないか)、このお宮のさまざまなシーンが浮かんでは消える。
 石碑の前で一人ニヤニヤ、あるいはブツブツしながら立ちすくみ、ハッと我に返ったりもする。

 宝満宮は、竈門神社からご分霊されたということで、社殿はもっとも古い記録で弘化3(1846)年という江戸末期に遷宮された、とある。江戸末期は、今年の大河ドラマ「龍馬伝」の時代背景で、どんな具合に描かれるのか分からないけれど、一般的にはハイパーインフレの超不景気な時代だったそう。
 
houman03 日本国内の金=銀交換レートと外国の交換レートの設定がまったく違っていて、外国人が外国から銀を持ち込んで、日本で金に交換するだけで一財産できたほど、日本では銀の価値が高かった。
 んでもって日本から大量の金が流出してしまって、国内の物価がガンガンあがって…。庶民が食うに困ったら、政府なんて転覆する、というのが幕末から分かること。龍馬伝はたぶん見ないけれど、外国からの脅威から日本を守るために立ち上がった志士たち! なんて、ステレオタイプなお話しにならないことを祈る。
 
 弘化3年は、浦賀奉行が外国船を打ち払うほど元気があった。宝満宮さんも遷宮する余裕は上臼井エリアにもあった。
 
 宝満宮は、小高い山(丘?)の中腹にある。その山頂には五穀大神というお神さまが祀られているそうで、やはりもともとはその山の神をお祀りしているお宮だったのだろう。

 いつの時代かは分からないけれど、上臼井の三宅実秋さんと平田清蔵さんという方が、竈門神社から玉依姫命を御分霊して、当社は宝満宮となったそうな。

 不覚にも、このお宮から宝満山が遠望できるかどうか確認しなかったが、きっと見えるはず。宝満山は霊山として知られているが、御笠川の水源でもある。川は田畑を潤す、ライフライン。水源の山は水分(みくまり=水を各地に分配する)のお神さまとしても、たいそう崇められた。

 竈門神社は、応神天皇・神功皇后・玉依姫命の八幡神さまをお祀りしているお宮だが、あえて玉依姫命だけを勧請したことに、何か深意はあったりするのか? 玉依姫命は神武天皇のお母様ということだが…。
 まぁ、こちらの宝満宮さまは女神さまがおわすということで、あらためて眺めるとそれなりにラブリーな感じがしなくない、かな?
 
 ちなみに現在の御神殿は、昭和54(1979)年に修復したそうで、その資金は空港整備に伴い、宮山の一部を分譲した時のお金ということ。ふーん。これ以外にも、地名変更があって地元住民の旧地名への愛着を刻んだ「町懐之碑」とか、「伊勢参宮建之」という石碑や「宝満宮宮座解散記念」という碑、「神武天皇碑」「敬神生活の綱領」という碑などなどが配置してあって、非常に記録に几帳面なお宮さんである。

 ステキだなぁ。


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