三十七踏み目 那珂八幡宮
| 那珂八幡宮
●所在地
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前方後円墳
祖母の家のすぐそばにあるのが、那珂八幡宮である。ボクの通っていた小学校からもほど近い。学校の帰りに友だちと、立ち寄った懐かしいお社である、が、久しぶりに訪れると既視感がない。木立のコンモリが、こぢんまりとなっていたからかもしれない。
御手水を使って浄めて、階段を登る。小学生のころは知らなかったが、ここは福岡平野では最大級で、九州でも最古式の前方後円墳であるとのこと。フヘー、知らんかったばい。![]()
一般的に、奈良に興った大和朝廷の影響力の広がりは、古墳を見れば分かるといわれている。列島各地にはその土地の豪族の古墳が残されているが、前方後円墳という形の墳墓に埋葬することが、大和朝廷のスタンダードとされている(うろ覚えですが)。
そのスタンダードが全国展開して列島のグローバルスタンダードになっていく過程が、大和朝廷の影響力の拡大と考えられている。
那珂には、九州で最も早く朝廷に恭順した、もしくは朝廷成立に協力した有力な豪族の本拠地だったということらしい。大きさは縦75m、後円部の直径47mだから、そこそこ大きい。調査によると4世紀前半に築かれたというから、大和朝廷の成立が3世紀前半ごろとすると、100年ほどかかって北部九州がまつろうようになったということ、なのだろう。![]()
神社は古墳の上に建っているところが多いと聞くが、神社はもっとも死穢(死のけがれ)を嫌うはず。
古墳とはいえ、お墓である。もともと神道とは、人の死を祀ることが、根本にあったんじゃないだろうか。人の死の穢れを祓うのが基本で、それがテッテ的にした結果が神社の“清浄”になったのだろう。もともとは、神社でも死人を供養していたんじゃないかな、とボクは思う。根拠はないけど。
イザナギさんは亡くなったイザナミさんを、現世に連れ戻そうと黄泉の国へ行って、いろいろあって腐敗したイザナミさんの亡がらを見て、逃げる。
あたかも神話の昔から死穢の禁忌があったような感じだが、先祖供養的な部分も神道にはあったとボクは思う。根拠はないけど。










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