四十二踏み目 赤間神宮(下関市)
18 1月 2008
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龍宮のような水天門
赤間神宮の御由緒にも「略記」にも、赤間神宮のご神徳について触れられていない。「何の神様」というわけではないのである。もちろん、下関界隈の産土様であることは間違いないだろうが、そこんところも何だかひっかかる。
大東亜戦争でもって本殿などが焼失したため、現存する建物は比較的新しい。すべて造営され完成したのは昭和44年。きらびやかな、龍宮城のような水天門は昭和33年に完成した、とある。久留米市に安徳天皇を祀る「水天宮」という神社がある。
この神社は、水と子どもの守護をするという。主祭神は天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)という、具体的な形を伴わない天の中心にいまします根本的な神様であるという。![]()
安徳天皇は海峡の水底に沈み、天に昇った。そして、水と子どもを守護する水天の神様に出会い、癒された。あるいは、同化して水と子どもを守る神様となったと信じられたのだろうか。
だとすると、赤間神宮は水と子どもを守護する神様なのだろうか?
もうちっと勉強しないと。
初代宮司の白石正一郎さんは、どんな気持ちでこの赤間神宮の宮司になったんだろう。源平合戦になぞらえると、白石さんが応援したのは「源氏」ではなかったか。高杉晋作と源義経はイメージが重なる部分が多い。
事が成った暁に、安徳天皇を祀る宮司になるとは。皮肉に感じたか、あるいは変わっていったご時世に哀悼を感じたか。そこんところを感じられるようになったら、小説が一本書けそうだ。










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