四十八踏み目 和多都美(わたつみ)神社
山幸彦と乙姫
翌日、取材の一環で再び参詣したボクは驚いた。聖域を横切る形で道路が突っ切っている! 岸壁の鳥居から拝殿まで、本当は海から一直線に参道が続いているはず、のところに道路が…。あまりの衝撃だったか、写真を撮るのを忘れていた。
この道路ができる前は、満潮時には社殿近くまで海水に満ちていたという。
船の上から眺めると、あたかも海面に社殿が建っているように見えた、はずで、ボクもそれを見たかった。
でも、周辺の住民の方に取ってはこの道路は大切なライフラインであるようなので、神様も良い良いと笑っておられると思う。神様は寛大なのだとボクは思う。
祭神の彦火々出見尊はいわゆる記紀神話の山幸彦である。お兄さんの海幸彦とそれぞれの道具を交換し、海で釣り糸をたれていた山幸彦は大切な釣り針をなくしてしまう。
怒らてしょんぼりしていた山幸彦は、海宮(龍宮)行けばあるぞ! というヒントを得て海底へ。そこで海神・豊玉彦命とその娘豊玉姫命に出会い歓待されて3年過ごす。
ハッと海底に来た目的を思い出した山幸彦は、釣り針と鹽盈珠(しおみちのたま)・鹽乾珠(しおひのたま)をいただいて…。
山幸彦は神武天皇の祖父にあたる。もう一柱の祭神・豊玉姫命は山幸彦の妻であり、夫婦でお祀りされているわけである。
山幸海幸伝説発祥の地であり、ということは浦島伝説発祥の地でもあり、しかも厳島神社の原型でもある。
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「神話の故郷」といえば高千穂みたいな空気が現在できつつあるけれど、対馬もそうである! といっても差し支えないかもしれない。
社伝によると、この地は豊玉彦命の海宮の跡地ということ。
おとぎ話で海底にあると思い込んでいた龍宮城は、実は陸の上にあった! ということなの? 海神は海底人ではなく、遠く海を隔てた島で海を司っていたのか。
海神というのは、海を通航する人々の安全を守る神様であると人間は信じてきたらしい。危険な古代の航海においては、中継ポイントでありなおかつ危険な時の寄港地でもある沖合の島は、ホッと一息する場所なのだから、そこに神様がいると考えるのは合理的だ。
拝殿の裏には神明造の本殿があり、すぐに鎮守の深い森が広がっていた。その中に磐座がある。
ボクは昨晩、磐座の存在を見逃していたのだった。
本殿の裏に、石が積まれていた。聞けば韓国の人が参拝し積んでいったものだという。










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