五十一踏み目 八幡宮神社(厳原八幡宮)
セッシャ、マッシャ
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大きな神社には摂社末社がたくさんあって、ありとあらゆる神様がおそろいだ。ここも対馬藩主のお膝元の神社だけに、小さくともそこそこ見事なお社が2つ鎮座していた。
お祀りされている神様が面白い。例えば「今宮若宮神社」。祭神が小西夫人マリアとなっている。
マリアさんは対馬藩初代藩主宗義智の正室。キリシタン大名小西行長の娘で、洗礼名を名乗っている通りキリシタンだった。
宗義智は豊臣秀吉の朝鮮出兵のとき、出兵阻止に暗躍したが適わず、小西行長とともに先鋒となって半島に攻め入った。
徳川家康が幕府を開くと、李氏朝鮮との国交修復に努めた。ちなみに、江戸時代貿易港として開かれていたのは長崎だけだと言われているが、対馬では朝鮮との交易が行われているので、正しくない。
唐辛子は対馬を経て朝鮮に伝わったと言われているのだ。
マリア夫人は豊臣秀吉によるキリスト教禁教を受けて義智に離縁された。その後長崎に渡り、ひっそりと亡くなったという。
その霊魂を鎮めるために建立された、そう。御霊信仰とも言えそうだが、隠れキリシタンたちの隠れ蓑としてお祀りされていたんではないかとボクは思う。
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その今宮若宮神社は、天神神社に合祀されている。
天神神社は、源平の争乱で都から筑紫に流れて来た安徳天皇を祀っている。何と、安徳天皇はこの対馬の地にたどり着き、この地で崩御されたという。
安徳天皇をお祀りする天神神社に後に合祀されたのが菅原道真公だというから、面白い。
ここも「てんじん」ではなく「あめのかみ」と読む方の天神さまだったのかもしれない。
壇ノ浦に身を投げた安徳天皇は水神に会ったのかもしれないが、対馬に来られた場合の安徳天皇は、地元で信仰されていた天の神様にお会いしたのかもしれない。
あと「平神社」という天穂日命や日本武尊を祀った摂社もある。
摂社の由来は面白かったが、拝殿の形はほぼ同じだった。それはちと残念である。










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