五十三踏み目 英彦山神宮
英彦山のヒコは日子だった
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英彦山山頂でおべんと食べて、しばしご歓談。そんな中、修験の山に登ったのだから修行をせねばと、なぜか腹筋をしてしまう。それくらい、余裕があったということで。
山頂にいる間は、最高に天候が良くなった。英彦山神宮の主祭神は天忍穂耳命で天照大神の御子であらせられる。稲穂の穂という文字がある通り、農業の神様で転じて産業全般の神様でもある。
この天忍穂耳命は母上に地上に降りて治めなさいと云われてしぶしぶ出立したものの、途中で「外科医は面倒だ」と途中で引き返してしまう。それでニニギノミコトが替わりにつかわされ、天孫降臨となった。
古事記では天忍穂耳命は長男であったというが、神様であろうと長男は長男なんだな、と思う。おまけにチョーナンなのに不義理ばかりの自分とイメージが重なって、この神様がとても好きになった。
英彦山はまさに日子の山であり、9世紀ごろから彦山と書かれるようになった。その後、江戸時代半ばの享保年間に、霊験優れた山であるから「英」の文字を霊元天皇に授かった。
山頂の景色は冬枯れだったものの、日子神様に言祝がれたようにあたたかだった。時おり冷たい風が吹いてきたが、それでも温もりは飛ばされない。
木々の枝の固いつぼみが、ちょっと膨らんだように感じた。
復路は南岳を集会する遠回りコース。2時間半ほどかかって麓にたどり着く。結構歩いたように思ったが、直線距離にすると6km強といったところか。帰り道はアドベンチャー要素もあって、楽しかった。それほど時間が経っているとはっ。![]()
麓には「昭和40年代な」(@愉快なみなさんの中の佐賀在住K氏)土産物が並んでいて、いい街並だった。世界遺産にしろ! と云いたいほどだが、世界遺産になるとややこしいので、このままでいい。というか、いい景観は一区画しかない。
参道の石段が終わったところの両側に店が二軒あり、お店のおばちゃんがどちらも、いい案配に美しかった。ボクはこういう場合、何故か気を使ってしまい、あっちのお店で魔除けの土鈴を買い、こっちではラムネを飲んでおいた。
土鈴を購入したのは、そちらのおばちゃんの方が年齢が上のように見えたからだ。何個も袋から出して、良い音の鈴を選んでくれた。ありがたやありがたや。
九州の修験の山といえば、阿蘇山なんかも気になる。宝満山もそうだ。英彦山の丑寅の方にある豊前市の求菩提山には、いろいろと伝説が残っているので、そこを近々攻めたいと思った。










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