五十四踏み目 揖宿神社
| 揖宿神社
●所在地
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朝ぼらけのお詣り
早起きして、出張の宿泊先からタクシーを呼ぶ。せっかくカゴッマは揖宿まで来たのだから、鎮守さんにあいさつしないわけにはいかないだろう。
タクシーの運転手さんに「揖宿神社へ」と告げると、「枚聞(ひらきき)神社でなくてですか?」と切り返された。
薩摩国一の宮に参りたいのは山々なれど、指宿市街地からはちょっと遠い。あの薩摩富士こと開聞岳の麓にあるのだ。ちなみにどれくらい時間がかかるですか? と尋ねると40分くらい。朝の集合時間には間に合わない。いや、もう揖宿神社に行く気満々だったので、直行していただく。まだ、夜は明け切っていない。
揖宿神社は、枚聞神社と同じ神様をお祭りしている。その神様とは、開聞岳!
もともとは、天智天皇がこの地にご行幸されたさいの遺物を奉りお宮を創建したもので、慶雲3年(西暦706年)に創建された、とある。1300年前だ! その後9世紀末、開聞岳の噴火で被災した枚聞神社をご分霊し「開聞新宮九所大明神」と称する。
新宮といったって、もう1000年以上続く、それはそれは由緒のある神社さんなんである。
ただし、現在の社殿は島津斉興公(島津斉彬の父親)に寄進によるもので、江戸時代の終わりの建物。この時期薩摩藩は財政再建のまっただ中だが、神様へはしみったれたことはしなかったらしい。
手水場は薩摩藩財政再建の功労者である調所笑左衛門の寄進。
明治時代になって揖宿神社に名前が変わった。
現在の祭神は大日孁貴命で、この神様は天照大御神の別名だそう。天照大御神が、お伊勢さんに鎮座し国の神様の頂点になったのは、天智天皇の弟天武天皇の時代以降とされている。
枚聞神社は龍宮伝説もある。開聞岳は航海のいい目印=海門であったわけだから、天照大御神とは海人(あま)の神様だったのかもしれない。
神様は存在すると思うが、この世では人間様の事情が最優先され、名前とか格とかが時代によって変わっていく。その辺は神威も通じないのか? いや、神様は鷹揚なのだと思う。社叢のムクムクした感じを見ていると、大らかな感覚がなんだか分かる。










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